PropTech(不動産テック)特集【シンガポール編】〜加速するM&A、シンガポール企業がアジアの二大プラットフォームに〜
PropTech特集vol.6となる今回は、アジア経済の中心地であるシンガポールのPropTechについて紹介します。
Unissuによると2019年時点、シンガポールには84社のPropTechスタートアップ企業が存在しており、東南アジアでPropTechの企業数が最も多い国(参照:Global PropTech Analysis Asia | Unissu )です。
直近では、シンガポールに拠点を置くPropTech企業同士のM&Aが活発で、日々、彼らの動向に注目が集まっています。シンガポールを拠点にタイ、マレーシア、フィリピン、ベトナムなどへマーケットを広げている会社も多数存在しており、シンガポールは東南アジアにおけるPropTechのハブ的な存在になっています。
グローバル不動産透明度インデックス2020年度アジアトップ
PropTech特集vol.2「イギリス編」にて紹介したグローバル不動産透明度インデックス(世界の不動産市場の透明度を数値化)において、シンガポールは世界で14位、アジアの中では1位にランクインしました。
シンガポールは東南アジア経済のハブとしての強みと、持続可能性(サステイナビリティ)の問題に対する政府のリーダーシップによってスコアが急上昇し、2020年度は前回のランキングで14位だった日本を抜きました。
引用: 「グローバル不動産透明度インデックス」2020年度 グローバルランキング | JLL
シンガポールにおけるPropTechへの取り組み
シンガポールは2014年より「Smart Nation Singapore」を掲げ、国全体をデジタル技術やデータを活用したスマートシティ化を目指しています。
これは「より良い暮らし、より多くの機会、より強固なコミュニティ」を実現しようとする構想で、2017年には政府横断的な取り組みを取りまとめる組織として、「スマートネイション・デジタル政府グループ(SNDGG)」が首相府直下に設立されました。
現在、この構想の下、国家プロジェクトとして、国民デジタル認証システムの導入、キャッシュレス社会に向けた電子決済の普及・拡大、スマートモビリティの導入などが進められています。
それぞれのプロジェクトは「デジタルプラットフォーム」としての役割を果たし、その基盤上で民間企業等によるさまざまなユースケースの開発が行われています。これにより近年、不動産業界でも情報のデジタル化・テクノロジーの導入が進み、多くのPropTech企業が誕生しています。
参照:シンガポールのスマートネイション戦略―政府主導によるデータ駆動型都市の構築|日本総研
このプロジェクトの中で、特に注目されているのがプルゴン地区で進められているスマートシティ開発プロジェクト(Punggol Digital District、略してPDD)です。
シンガポールのスマートシティプロジェクトPDD
PDD(Punggol Digital District)は、デジタル技術を活用したオフィスビル、住宅、大学、商業施設などの建設を目指すスマートシティで、2023年に完成予定です。
この地区ではAI、IoT、データ分析関連などのIT企業を誘致することで、2万8,000人の雇用を創出予定で、活気に満ちた強力なコミュニティの育成を目指しています。
引用:第37回 シンガポール・プンゴル――スマートシティで産学の交流を深める|新・国民連携最前線
また、このプロジェクトの重要な目的の一つが、デジタル技術などを研究・開発するハブを作ることです。
ビジネスパーク内には大学や企業向けの研究施設を完備し、相互交流を深めることで、共同研究や新規事業の立ち上げをサポートします。
PDDにおけるSIT(シンガポール工科大学:写真左)とJTCビジネスパーク(写真右)の完成予想イメージ。両ビルの間には渡り廊下がつくられ、相互に研究施設やスタートアップ向け開発拠点を設けることで、産学の交流を図る予定です。
引用:第37回 シンガポール・プンゴル――スマートシティで産学の交流を深める|新・国民連携最前線
不動産業界初のアクセラレータープログラム
2018年に総合不動産サービス大手のJLLと、オーストラリアのレンドリース社の共同で、「Propell Asia」がシンガポールを拠点に立ち上がりました。
Propell Asiaは、アジアの不動産市場とPropTechスタートアップ企業をつなぐ不動産業界初のアクセラレータープログラム※1で、2018年発表時にはシンガポールを拠点とするPropTechスタートアップ企業5社(GorillaSpace、Lauretta.io、Logfront、Nucon、Talox)が選ばれました。
※1 アクセラレータープログラムとは大手企業や自治体がベンチャー、スタートアップ企業などの新興企業に出資や支援を行うことにより、事業共創を目指すプログラムです。 Acceleratorは加速者という意味であり、新興企業の成長速度を加速させることが主な目的です。(引用:アクセラレータープログラム|日本の人事部)
参照: JLL、レンドリース社と共同でアクセラレータプログラム「Propell Asia」実施 | JLL参照: JLLとレンドリース社、不動産業界初アクセラレータプログラム「Propell Asia」開始|JLL
引用:Propell Asia |PropTech Zone
その中のGorillaSpaceは、三菱地所からも投資を受けているシードラウンドのPropTech企業です。シンガポール版WeWorkといわれ、シンガポール、香港、マニラ、東京にてコワーキングスペースを展開しています。
引用:GorillaSpace
引用:GorillaSpace
大手不動産サービス、地方銀行が取り組むPropTech事業
シンガポールでは、地方銀行が不動産会社と提携してPropTechの取り組みを始めています。例えば東南アジア最大手のDBS銀行は、シンガポールの不動産会社3社(Edgep、Averspace、SoReal)の物件リストとともに、オンラインマーケットプレイス「DBS Property Marketplace」の提供を開始し、100,000以上の物件を掲載しています。
「DBS Property Marketplace」では、住宅ファイナンシャルプランナーによる住宅購入のキャッシュフロー予測サービスを提供しています。
参照:DBS launches property marketplace|Finextra
また、2019年には世界19カ国、500店舗以上を展開するUOB銀行がPropTech企業であるSoReal社とシンガポール初のオールインワン商業不動産ソリューションサービス「RealCommercial」をローンチしました。
引用:RHT Chestertons and UOB joint hands in SoReal Prop app|icompareloan
「RealCommercial」では中小企業のオーナーが理想的なオフィスや倉庫、店舗を購入するための物件の検索や評価から、銀行ローンの取得までをより迅速かつ簡単に行うことができます。
UOB銀行の調査によると、中小企業の2社に1社は建物や土地への投資を計画する際、融資申請のために信頼できる評価額を、物件を見つけたあとに得る必要がありました。このプロセスは最大7日かかるため、購入完了までの時間が長くなってしまいます。
しかし、UOB銀行のデジタル評価サービスを利用すれば、1分以内に銀行の裏付けのある評価を得ることができ、すぐにローンの申請を進めることが可能です。これにより購入プロセスを迅速に進めることができるようになりました。
参照: シンガポールのプロップテック・スタートアップ。解説|Investocracy News参照: UOB allies with proptech firm SoReal for SME property valuation app|FinExtra
シンガポールの二大ポータルプラットフォーム
PropertyGuru Group
東南アジアの大手不動産ポータルサイト「PropertyGuru」は、2007年にシンガポールで設立(※現在、本部はマレーシア)されました。
同社ポータルサイト上では、280万件の不動産物件が紹介されており、アクセスは月間3,500万、パートナーエージェントは4万7,000人に及びます。
引用:Welcome to our home | PropertyGuru
ポータルサイトはシンガポールだけでなく、マレーシア、タイ、インドネシア、ベトナム、オーストラリア、香港、マカオ、インドでも展開されています。
同社は積極的なM&Aを行っており、2021年5月31日にも、マレーシアとタイのPropTech企業、合計4社(iProperty、Brickz、ThinkofLiving、Prakard)を買収しました。
引用:Your Property Marketing Partner | PropertyGuru
M&Aの対象はポータルサイトだけでなく、例えば、My Property Dataというマレーシアのデータ会社も買収しています。このM&Aによって、同社は金融機関・信用格付け機関・鑑定士・エージェント・デベロッパー向けの不動産データ・分析のソリューションを提供しており、ポータルサイトにとどまらない、リアルビジネスにも注力しています。
このように、PropertyGuruはこれまで13以上のM&Aを通じて、マレーシア、タイ、インドネシア、シンガポールで事業拡大を行ってきました。プラットフォーム以外でも Asia Property AwardsやAsia Real Estate Summitなどを開催し、東南アジアにおいて確固たる地位を確立しようとしています。
PropertyGuruの年表
引用:Get to know us | PropertyGuru
PropertyGuru Lens
ポータルを基盤としたPropertyGuruのサービスの中で、テクノロジーを活用したユニークな機能の一つが、スマートフォン上でARとAI技術を活用した物件検索機能「PropertyGuru Lens」です。
この機能は、気になる物件や近辺のマンションなどをアプリを通じて撮影することで、物件の画像と物件の空室状況が検索できる機能です。この機能を通じて賃貸・売買の物件情報をリアルタイムで検索でき、近辺エリアのほかの空室物件も検索することが可能です。
引用:PropertyGuru Lens Point Tap & Homes On -the -GO! | PropertyGuru
参照:3 Ways PropertyGuru Lens Revolutionises Property Sales|PropertyGuru
PropertyGuru Home Loan Pre-Approval
PropertyGuruは住宅ローンの簡易化にも力を入れています。
同社の発表した調査結果によると、マレーシア人の92%が物件の購入に意欲的とのことですが、住宅ローンが通る確率は60%と低い状態です。銀行や金融機関が融資を断る主な理由としては、「購入者希望者の融資適格性に関する情報不足」が挙げられています。
この課題を解決すべくPropertyGuruは「PropertyGuru Home Loan Pre-Approval」をローンチしました。
このサービスでは、購入希望者が住宅ローンを申し込む資格があるかどうかを無料で事前に判断し、99.9%の精度でその人に合ったローン額を事前承認することを実現しました。また、承認後にはパートナー銀行を通じて住宅ローン提供を行っています。
引用:Home Loan Pre-Approval|PropertyGuru
審査の流れとしては、PropertyGuruがローン申請者のクレジットスコアと格付けを洗い出し、複数のソースからクレジットカードの信用履歴、財務の健全性の評価を実施。これをベースに正確な債務履行率を計算し、購入者への融資額を算出します。
評価は99.9%の精度で行われ、5分以内に完了します。このように融資額を事前に算出することで、購入者希望者は自分がローン購入できる価格帯から物件を探すことが可能になりました。
参照: Home Loan Pre-Approval|PropertyGuru 参照: PropertyGuru guides to help house buyers obtain loan |NEWSTRAITSTIMES
PropertyGuruの特徴
- シンガポール大手のプラットフォーム
- 280万件の賃貸・売買物件の取り扱い
- シンガポール、マレーシア、タイなど10カ国にてサービスを展開
- AR・AI技術を活用した「PropertyGuru Lens」による物件検索
- 事前住宅ローン額の算出とその額に合わせた物件提案
PropertyGuru Groupの概要
- 設立:2007年
- 本拠地:マレーシア
- 代表:Hari V. Krishnan
- URL:https://www.propertygurugroup.com/
99 Group
99.coはシンガポールの優秀なエンジニアによって設立されたスマートアルゴリズムを活用した地図ベースの不動産ポータルサイトです。
アルゴリズムによって選別された14万件以上のHDBリセール※2、エグゼクティブコンドミニアム、コンドミニアム、分譲住宅、商業施設など、さまざまなタイプの物件を扱っています。
前述のPropertyGuruが2007年創業と、東南アジアのポータルサイトの中では最も早い部類でサービス展開をし始めた一方で、99.coは2014年創業と比較的遅いタイミングで立ち上げられましたが、Sequoia Capital India、500 Startups、REA Groupなどのそうそうたる企業からの資金調達によって急成長を遂げてきました。
※2 HDBとは「Housing Development Board」の略で、シンガポール国民を対象とする公団住宅のこと。
引用:99.co
99.coはシンガポール以外でもインドネシア、マレーシアでサービスを展開しており、99 Groupとして5社がサービス展開をしています。
コロナ禍であった2020年においても、売り上げは前年の340万ドルから550万ドルに増加しました。この背景にはシンガポールの不動産ポータルサイトSRXのM&A、メディアやデベロッパーとのパートナーシップなどが理由として挙げられます。
PropertyGuruと同じく、99.coも積極的なM&Aを行っており、2018年1月にUrbanIndo(インドネシアの企業)を買収、2019年10月には、オーストラリアの大手オンライン不動産広告会社である「REA Group」傘下のiProperty Singapore(シンガポールで運営)とRumah123.com(インドネシアで運営)の2社を、99.coの子会社として運営するようになりました。
参照:シンガポールとインドネシアでオンライン不動産情報サイトを展開する99.co、不動産大手REA Group傘下のiProperty.com.sgとRumah123を買収|BRIDGE
99 Group傘下の主なPropTech企業
UrbanIndo
2011年に設立したインドネシアの不動産ポータルサイトで、M&Aされた2018年時点の取扱物件数は約120万件でした。
UrbanIndoは、エージェントやその他の住宅販売者が毎月作成する新規物件紹介数において、ほかの不動産ポータルサイトと比較した際、最も高い流動性を持っていることが特徴です。
99.coはUrbanIndoをM&Aしたことで、合計270万件の物件を取り扱うことになり、東南アジア大手のポータルサイトとなりました。
参照:99.co Buys Urbanindo, Indonesia’s Largest Independent Property Site | East Ventures
M&A後は、サービス名が99.co Indonesiaに変更
引用:99.co Indonesia
iProperty Singapore
iProperty Singaporeは2007年に設立したPropTech企業で、賃貸と購入物件を取り扱う不動産ポータルサイトを運営しています。同社は、オーストラリアに本拠地を置く大手オンライン不動産広告会社であるREA Groupの傘下でしたが、2020年にREA Groupと99.co間のパートナー契約によって、99.coの傘下で運営されることになりました。
ひとつ注意したいのは、不動産プラットフォーム「iProperty」の位置付けです。「iProperty.com」はもともとマレーシアにてサービスを展開しており、2021年5月31日にPropertyGuruにM&Aされましたが、「iProperty Singapore」は99.coの傘下で運営されており、運営会社が別となっています。
引用:iProperty.com.sg
Rumah123
Rumah123は2007年インドネシアで設立された不動産検索ポータルサイトで、90万件以上の売買・賃貸・投資物件を紹介しています。また、Mortgage Calculatorというツールを展開しており、購入を検討している人が事前に住宅ローン可能額をシミュレーションできる機能を持っています。
引用:Rumah123.com
99.coの特徴
- シンガポール大手の不動産プラットフォーム
- エンジニアの代表が設立
- スマートアルゴリズムを活用した地図ベースの不動産ポータルサイト
- 99 Groupとしてシンガポール 、インドネシア、マレーシアにてサービスを展開
99 Groupの概要
- 設立:2014年
- 本拠地:シンガポール
- 代表:Darius Cheung
- URL:https://www.99.co/
東南アジアのPropTechのハブはシンガポールにあり
シンガポールを拠点とするPropertyGuru Group、99 Groupの2社が東南アジア各国のPropTech企業に対してM&Aを行うことで、シンガポールはアジアにおけるPropTech市場を牽引していることがわかりました。
また、シンガポール政府による国全体のデジタル技術やデータを活用したスマートシティ化、大手銀行のPropTechへの参入など、今後ますます活発な活動が予想されます。
今後もシンガポールを中心に東南アジアのPropTechが加速することが予想されるため、今後の各社の展開、新しく誕生するPropTech企業のサービスに注目が集まりそうです。
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