高額な給与所得者がしがちな「事業所得がマイナスで損益通算の適用」の落とし穴
本業に加えて副業などを行う場合、そこから得られる所得は10種類ある区分のどこに分類されるのか。ここを押さえておくことは非常に大切です。なぜなら誤った解釈で確定申告をしても、税務署から指摘を受け、分類が認められないケースがあるからです。この記事では判断のポイントを解説します。
所得の高い人は税率を下げる方法を考えるが……
所得が高い人は、最大で所得のおよそ半分強を税金で納めるルールとなっています(所得税+住民税で55%)。所得が高く「税金が高い」と感じている人が、節税として考えることの一つに副業があります。
事業所得として副業を行い、その事業でマイナスとなった分、メインの給与所得とで損益通算をしたいと考えるのです。しかしメインの所得以外の活動が事業所得として認められるためには、総合的な判断が求められます。
もちろん一方的に事業と主張しても、それが認められないことは多々あります。認められず雑所得に分類されるケースも多くあります。
確定申告内容が認めらないと、修正や延滞料などを求められる
「雑所得だと思ったのに一時所得として認定されてしまった」
確定申告の内容が認められないと、追加で税金を納める必要が生じます。また延滞税も発生しますし、「過少申告加算税」という支払いが発生することもあります。
国税不服裁判所への審査請求は無料でできますが、裁判を起こすとなるとその訴訟費用は必要になります。また税理士・会計士・弁護士などへ相談する場合にはその費用が別途かかります。
スムーズに確定申告するために、混同しやすい3つの所得について、まずは国税庁のページから引用して定義を確認していきます。
事業所得、一時所得、雑所得とは
事業所得
事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業を営んでいる人のその事業から生ずる所得をいいます。
ただし、 不動産の貸付けや山林の譲渡による所得は事業所得ではなく、原則として不動産所得や山林所得になります。
引用:No.1350 事業所得の課税のしくみ(事業所得)|国税庁
雑所得
利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得および一時所得のいずれにも当たらない所得をいい、例えば、公的年金等、非営業用貸金の利子、副業に係る所得(原稿料やシェアリングエコノミーに係る所得など)が該当します。
引用:No.1500 雑所得|国税庁
一時所得
一時所得とは、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の所得で、労務や役務の対価としての性質や資産の譲渡による対価としての性質を有しない一時の所得をいいます。
引用:No.1490 一時所得|国税庁
一時所得については具体例も示されています。
一時所得には、次のようなものがあります。
引用:No.1490 一時所得|国税庁
- 懸賞や福引きの賞金品(業務に関して受けるものを除きます。)
- 競馬や競輪の払戻金(営利を目的とする継続的行為から生じたものを除きます。)
- 生命保険の一時金(業務に関して受けるものを除きます。)や損害保険の満期返戻金等
- 法人から贈与された金品(業務に関して受けるもの、継続的に受けるものを除きます。)
- 遺失物拾得者や埋蔵物発見者の受ける報労金等
上記内容を読む限り、事業所得と認められるための「事業の定義」は明確には語られていません。自らの活動を「事業所得」として申告して、税務署から認められなかった例はいくつかあります。
法律の解釈を深めるためには、過去の否認事例や判例を参考にします。一度裁判で下された判断が、その後は新たな判断基準、ルールとして捉えられるようになるからです。
3つの所得の違い
所得の分類によって、3つの所得には次のような違いがあります。
3つの所得とも税率は、給与所得と同様、総合課税で5%から最高45%で同じですが、事業所得・雑所得・一時所得では、税金の計算方法が異なります。
損益通算できるのは事業所得のみです。
一時所得は、所得の1/2が課税対象になり、特別控除50万円があります。
雑所得には特別控除はありません。
事業所得は青色申告をすることで、e-Tax申請の場合は特別控除最大65万円、紙の申請で最大55万円まで特別控除があります。
所得の分類 | 特別控除額 |
---|---|
事業所得 | e-Tax申請:最大65万円 紙の申請:最大55万円 ※青色申告 |
一時所得 | 50万円 |
雑所得 | なし |
雑所得・一時所得は損益通算できない
暗号資産の解説記事でもお伝えした通り、雑所得は他の給与所得や事業所得などとの損益通算ができません。また一時所得も損益通算はできません。
雑所得・一時所得は損失の繰越が使えない
事業所得の場合は、損失が出た場合、翌年以後3年間その損失の繰越ができますが、雑所得および一時所得には損失の繰越はありません。
「事業所得」として認められないのはどんなとき?
それでは、「過去の判例で示された判断基準」が用いられている判例をご紹介します。
スーツ・ジャケット事件
開業医が節税目的のために服飾の有償レンタル業を「事業所得」として確定申告し、意図的に事業所得をマイナスし高額な給与所得との損益通算をしたのですが、事業所得とは認められずに「雑所得」となり、損益通算不可となった例です。
地方高等裁判所まで処分の取り消しを求めましたが、認められなかった(棄却された)税務訴訟です。
以前ご紹介したこともある「国税不服審判所」での裁決を不服とし、その次のステップとして裁判所に訴訟を起こしたものです。
高等裁判所に控訴するまでのおおまかな流れ
勤務医として働いていた医師は、服飾店の経営者と平成3年ごろ親しくなり「服飾の有償レンタル」を開始。その後クリニックを開業(平成19年)し、収入を得ていました。医師は平成17年分〜平成19年分の確定申告で、服飾レンタルを「事業所得」として他の所得と損益通算して確定申告します。そうしたところ、税務署から所得税の申告が少ないとして、更正処分の通知を受けました※。国税不服審判所の裁決後、大阪地方裁判所に訴訟を起こし、続いて大阪高等裁判所に控訴します。
※医師の収入は、医師としての収入と服飾の有償レンタル以外にも収入がありますが、本記事では服飾レンタルのみ扱います。また2つの訴訟の争点は複数ありますが、本記事では服飾レンタル所得が事業所得に該当するかどうかの部分のみ扱います
参照:順号11835 大阪地方 所得税更正処分取消等請求事件(PDF)|平成23年判決分(税務訴訟資料第261号「順号11591~11842」、第263号「順号12366~12372」)|国税庁
参照:順号11967 大阪高等 所得税更正処分取消等請求控訴事件(PDF)|平成24年判決分(税務訴訟資料第262号「順号11851~12124」、第263号「順号12373~12378」)|国税庁
裁判所の判断
地方裁判所の判断は、最初に問題を指摘した税務署、そして国税不服審判所の判断を引き継ぐものでした。服飾レンタル所得は事業所得として認められず、雑所得の扱いとなるという判断です。その理由は次の通りです。
本件服飾レンタルが、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、 有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務ということはできず、本件服飾レンタルの事業性は認められないというべきである。
引用:順号11835 大阪地方 所得税更正処分取消等請求事件(PDF)|平成23年判決分(税務訴訟資料第261号「順号11591~11842」、第263号「順号12366~12372」)|国税庁 ※太字は筆者追加
「事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいう」という解釈は、昭和56年4月24日の最高裁判所の判例(民集35巻3号672頁)から、繰り返し利用されている判断ポイントです。
さらに裁判所は、上記以外にもどのような活動が事業所得に該当するかについて述べています(太字部分)。
具体的に特定の経済的活動により生じた所得がこれ(事業所得)に該当するといえるかは、当該経済的活動の営利性、有償性の有無、継続性、反復性の有無のほか、自己の危険と計画による企画遂行性の有無、当該経済的行為に費やした精神的、肉体的労力の程度、人的、物的設備の有無、当該経済的行為をなす資金の調達方法、その者の職業、経歴及び社会的地位、生活状況及び当該経済的活動をすることにより相当程度の期間安定した収益を得られる可能性が存するかどうか等の諸般の事情を総合的に検討して、社会通念に照らして判断すべきである。
引用:順号11835 大阪地方 所得税更正処分取消等請求事件(PDF)|平成23年判決分(税務訴訟資料第261号「順号11591~11842」、第263号「順号12366~12372」)|国税庁
※「(事業所得)」および太字は筆者追加
この医師の場合は、総合的に検討・社会通念に照らした結果、顧客は知人10人ほどで固定されており、広くレンタル業を認知するための宣伝をすることもありませんでした。そして収入よりも仕入れ額の方が多く、購入する服飾品は、医師自身のサイズに合うもののみだった点、さらに服飾レンタル事業のために金融機関からの借入れも行っていない点などから、事業性はなく事業所得には当たらないという結論に至っています。
判決を不服とした医師は高等裁判所へ控訴しますが、大阪高等裁判所でも同様の判断が下され棄却されました。
参照:順号11967 大阪高等 所得税更正処分取消等請求控訴事件(PDF)|平成24年判決分(税務訴訟資料第262号「順号11851~12124」、第263号「順号12373~12378」)|国税庁
副業はすべて事業所得とは認められないのか?
過去の判例では、申告者が副業を「雑所得」として確定申告したところ、税務署から「事業所得」の判断がなされた例もあります。メインの所得以外の所得はすべて雑所得と扱われるということもなく、総合的に判断されるということを覚えておきましょう。
一時所得をイメージする競馬が「雑所得」として扱われた例
続いて、法律上の原則として一時所得と定義されている競馬に係る所得に関して、雑所得という判断が下った例もあります。
外れ馬券事件
北海道に住む男性は、当たり馬券の払戻金を雑所得と区分して、外れ馬券の購入代金を経費として平成17年分〜平成22年分まで確定申告します。すると税務署からは「一時所得」に該当すると判断されます。
一時所得に該当すると、外れ馬券は経費にならず多額の税金が発生してしまいます。東京地方裁判所でも同様の一時所得の判断でしたが、男性が控訴。すると東京高等裁判所は男性の主張を認めます。そこで今度は国が最高裁判所へ上告しました。結果、最高裁で男性の主張が認められた形となりました。
参照:平成28年(行ヒ)第303号 所得税更正処分等取消請求事件(PDF)
最高裁判所の判断
男性は6年間にわたり、1節当たり数百万円から数千万円、1年当たり3億円から21億円程度の大量の馬券を購入し続けます。日本中央競馬会に記録が残る平成21年の1年間では、中央競馬の全レース3,453レースのうち2,445レース(全レースの約70.8%)で馬券を購入していました。
年間を通じて利益が得られるよう継続的に馬券を購入していて、このような購入は、外れ馬券の購入は不可避であったと判断。したがって外れ馬券の購入代金は、当たり馬券の払戻金を得るため直接に要した費用として、必要経費に当たると判断しました。
参照:競馬の馬券の払戻金に係る課税について|国税庁
参照:最高裁判例 平成28(行ヒ)303 所得税更正処分等取消請求事件 平成29年12月15日 最高裁判所第二小法廷 判決 棄却 東京高等裁判所(PDF)
原則として、競馬で得た利益は一時所得に該当します。よって原則は、外れ馬券は経費にすることはできません。しかし、この判例の男性の場合、総合的に判断して一時所得には該当しないと判断され「雑所得」と判断されました。
所得税法上、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、
引用:最高裁判例 平成28(行ヒ)303 所得税更正処分等取消請求事件 平成29年12月15日 最高裁判所第二小法廷 判決 棄却 東京高等裁判所(PDF)
退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得で、営利を目的とする継続的行為から生じた所得は、一時所得ではなく雑所得に区分されるところ(34条1項,35条1項)、営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは、文理に照らし、行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である(最高裁平成26年(あ)第948号同27年3月10日第三小法廷判決・刑集69巻2号434頁参照)
(略)
被上告人は、予想の確度の高低と予想が的中した際の配当率の大小の組合せにより定めた購入パターンに従って馬券を購入することとし、偶然性の影響を減殺するために、年間を通じてほぼ全てのレースで馬券を購入することを目標として、年間を通じての収支で利益が得られるように工夫しながら、6年間にわたり、1節当たり数百万円から数千万円、1年当たり合計3億円から21億円程度となる多数の馬券を購入し続けたというのである。このような被上告人の馬券購入の期間、回数、頻度その他の態様に照らせば、被上告人の上記の一連の行為は、継続的行為といえるものである。
※太字は筆者追加
競馬の確定申告
競馬で得た利益は、原則として「一時所得」に該当し、年間の利益が50万円を超えると、課税対象になり確定申告が必要です。
一時所得の課税
(収入金額-収入を得るために支出した金額(直接要した金額のみ)-50万円) × 1/2
収入を得るために支出した金額とは、当たり馬券を購入するための金額です。
一時所得に該当する限り、必要経費は「当たり馬券」のみとなり、「外れ馬券」は経費としては認められません。しかし上記判例では雑所得に該当し、外れ馬券も必要経費に算入することが可能となったのです。
【競馬と税金】払戻金にかかる課税とは? 押さえておきたいルール
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これらの例から、どのような事業であればどの所得に該当するかは、個人の置かれた状況および行動内容により、総合的に判断されます。安易に「損益通算できる」と思わずに、専門家に相談するなどして、スムーズな申告を心がけましょう。
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