住人目線の街案内:六本木暮らしを卒業して、青山に引っ越してきた男の日常とは
東京にはたくさんの駅がある。その存在は知ってはいるけど、まだ降りたことがない駅も多い。食べたことのない料理に挑戦するように、行ったことのない街を歩いてみたら楽しいのではないか。そこで、初めて訪れる街に住む人にお願いをして、その人の目線でどんな街なのかを案内してもらうことにした。第6回は誰もが認めるオシャレな街、『青山』周辺を案内していただいた。
アメリカの大学を卒業して、外資系企業で働くシンさん
今回の案内人を快く引きうけてくれたシンさんは、アメリカの高校と大学を卒業し、外資系企業に就職して日本に帰国。最初は会社が近かったという理由で港区界隈に住み、その後、シンガポールで2年間生活をした後に六本木へ。そして現在住んでいるのが青山である。
なんだそのプロフィール、東京カレンダーかトレンディドラマに出てくる架空の設定みたいだ。この企画の案内人は編集部が探してきてくれるので、私は毎回初対面なのだが、さてシンさんはどんな人なのだろう。その経歴が華やか過ぎて、まったく想像ができない。
指定された待ち合わせは原宿陸橋。なんでもドラマやミュージックビデオのロケでもよく使われる、この界隈では有名な場所のようだ。
なるほど、どうやら愉快な人みたいで安心した。青山に住んでいる人なんて知り合いにまったくいないのだが(人が住んでいるという想像すらできない)、シンさんは一体どのような経緯でこの街へとやってきたのだろうか。
「青山に住みだして1年と8か月。その前が六本木。さらにその前はシンガポールに2年間いたんですが、シンガポールでは出逢いがほぼ『無』でした。六本木はたまたま見つけたマンションが気に入っちゃって。その時はギラギラしていました。……イヤなやつですよね、それだけ聞くと」
― いやいやいや、おもしろいです。聞きたいことだらけです。
青山の住み心地は?
― そんなギラギラした六本木から青山に来た理由はなんでしょう。
「脱・港区というよりも、脱・六本木&西麻布です。そろそろギラギラした街からちょっと離れようと。六本木に住んでいると、友達に飲みにいこうって誘われればすぐにいけちゃうんですよ。だから常にテンションの高い状態で、気が休まらない。そこで家を探し始めて、今の場所にたどり着きました。都会の喧騒から離れたかった。でも結果、飲むのは港区が多いんですけど。……イケすかないですね」
― とんでもない。六本木と青山、そんなに違うものですか?
「30歳前後なら六本木ですが、今は断然こっちのほうがいいですね。表参道とかは歩道も広いし、ごみごみしたところがない」
― 確かに表参道の道の広さは、なんとなく地方都市っぽい気もします。
「おっしゃる通り。いわゆる高級住宅街もいいのでしょうけど、ぼくは田舎者なので、青山に住んでいるということがオシャレな気分にしてくれるんです。将来子供ができたら家からベビーカーを押して、手ぶらで表参道を歩きたいというのが一つの夢ですね」
気になる食生活を教えてください
― 意識の高そうなシンさんは、普段どういうものを食べているんですか。
「格好いいこと言えたらよかったんですけど、朝食は会社の下のコンビニで買った野菜スティックと豆乳。ランチは忙しいのでデスクで弁当ですね。日中はお金をぜんぜん使わないです。だから食事を楽しめるのは夜だけです」
― そういえば、事前に送っていただいた今日行く店のリストに上島珈琲があって、担当編集の清水さんが『ブランドに偏ることなく、本当にいいものを追求している人なんですね』って感動していました。
「それは過大評価・オブ・ザ・イヤーですよ。青山の上島珈琲は、他のカフェより内装の雰囲気がいいから好きなだけです。しかもコーヒーは得意じゃないので、頼むのは紅茶系ですが」
コーヒーにこだわっている『違いの分かる男』の振りをせず、得意じゃないと正直に言ってしまうあたりに、自分に対する自信とゆとりが感じられた。
― 他にはどんなところで食事するんですか。
「青山は食の宝庫ですね。この街に住んでいるからこその店と、人との出逢いがあります。といいつつ、一人ではそんなにいかないですけどね。基本は帰宅途中にサクッとラーメンを食べたりとか。普通なんです」
「このあたりは美容院なども多く、若い女性が集まる街なので、そういう街にはオシャレで高くない店もいっぱいあります(シンさんの統計によると港区界隈の女性の4割は表参道エリアで髪を切るらしい)。ただ女性客の多いパスタ屋とかに野郎一人では入りづらいですけどね」
シンさんの普通なところと普通じゃないところのバランスがおもしろい。ずっと話を聞いていられる。
青山での私生活を教えてください
― なんだかこの街の様子よりもシンさん本人に興味が偏ってきました。ベタな質問ですけど、休日はなにをされていますか?
「友達とご飯にいくっていうのを抜かすと、フットサルやボクササイズで体を動かしたり、バーベキューをしたり。自炊をしないから料理は全然できないんですけど、バーベキューの肉だけは美味しく仕込める自信はあります。ちょっとのコツで全然違うんですよ。なーんて真っ白い肌でなにいってんだって。どの口が言うって。河原で芋煮でもしてろってね」
「昨日はアメリカの大学に通っていた頃のバンド仲間と、いきつけのラザニア専門店に行ってから、宅飲みをしていました。この辺に家があると、やっぱり集まりやすいですよね。いろんな駅が近くて、徒歩圏内にあるのが、外苑前、表参道、明治神宮前、原宿、千駄ケ谷、国立競技場、北参道かな。やっぱり便利ですよ」
― 下世話な質問ですけど、合コンをされたりしますか?
「シンガポールから戻ってきた頃はそれこそ金曜や土曜に空いている日があると、『やばい、合コン入れなきゃ』ってもうノルマですよね。馬車馬のようにいってました。ストレス発散ですよね、良い出会いは二の次で、楽しく飲めればいい」
― なるほどー。
「彼女がいたら基本は行かないスタンス。もうミッドサーティ(30代中盤)。そろそろ若くないんだなって思うのが、以前、女性から『シンさん飲み会(合コンの隠語)しましょうよ』って言われて、『じゃあどんな男性を集めればいい?』って聞くと、28~32歳っていわれたことがあるんですよね。もうひっかからない年齢になってきたなーと」
「だんだん物欲も無くなってきました。何が欲しいって言われてもパッと出てこないですね。ブランド品を持とうとかも全然ない。この着ている服とかZARAとかですし。ちょっと前は高いものが評価をされるって気負いがあったんですが、歳を重ねていくと、そこは大きく評価される対象じゃないなと。中身なんでしょうね。モテる人はジャケットがザラだろうがユニクロだろうがモテるんだと。そういうのに気づいて物欲がどんどんなくなっちゃって」
「モノトーンのコンサバを着ていれば、最低限整ってみえるじゃないですか。いわゆる『置きにいってる』ファッションなんで、次の年も、その次の年も着られる。そうなると服も買わなくなる。だから、この街に住んでいるからお金をたくさん使うっていう訳でもないですよ。女性だとファッションやスウィーツの誘惑が多いかもしれませんが」
「この街に住んで不都合なことはなにもないです。買い物も困らないし、美味しいお店も飽きずに探究できる。レストランとかで地元に住んでいるっていうと仲良くしてくれて、そこからまた紹介してもらったバーに行ったり。ぼくみたいな田舎者を少しでもホームな気持ちにしてくれる街なんですよ」
この街で生まれ育って親の資産で暮らしているという訳ではなく、自分の稼ぎで自分が住みたい場所に住んでいるというのは、とても自然なことなのだ。そしてシンさんは、そんな自分の暮らしぶりを楽しんでいるように思える。羨ましがられたり、ねたまれたりすることはあるかもしれないが、だからといって悪く言われる筋合いのない話だ。
帰り道、シンさんもたまに訪れるという銭湯へ寄ってから帰った。普段あまり訪れない街を、知り合いにいないタイプの方にフラットな視線で案内してもらって、自分では消化しきれない刺激をたくさんいただいた一日だった。
今回シンさんに案内してもらった場所の地図はこちら。
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