ワクチンやアメリカ大統領選の影響は? 機関投資家の分析傾向から2021年のグローバル経済を予測
「機関投資家」を紹介した記事の通り、機関投資家は多大なコストをかけて取得する膨大なデータや高度な手法をもとにして経済分析を行っています。この記事では、2020年の経済環境の変化による機関投資家の投資への影響と、2021年の経済予測について紹介します。
※実際の経済分析や予測、投資の動きは機関投資家によりさまざまです。この記事ではあくまで一般的に見られた傾向を私がまとめたものであり、特定の機関投資家の分析・予測情報を掲載するものではありません
経済予測を投資に役立てる「トップダウン・アプローチ」
本題に入る前に、機関投資家が経済予測を投資へ活用する方法について、簡単に紹介しておきます。機関投資家の投資手法の一つに、世界経済について独自の分析・予測を行い、その内容をもとに投資先を選別する「トップダウン・アプローチ」というものがあります。
細かい方法は機関投資家によってさまざまですが、一般的にはまず世界全体の経済動向の足元の状況を分析します。そのうえで、いまの市場環境や経済動向を踏まえて今後の経済成長の程度を予想します。
また、今後経済に影響を与える出来事(これを経済イベントと表現します)を洗い出したうえで、それぞれのイベントが経済にどのような影響を与えるか予測します。
これらすべてを統合することで、今後の経済予測ができあがります。どれくらい将来まで予測するかは機関投資家によりさまざまですが、先1年程度は予測を行い、投資判断をする投資家が多いと思います。
また、グローバルに投資を行う機関投資家の場合は、世界のどの地域がより順調な市場かを判断するために、世界全体の予測を土台に、地域別の予測を立てていきます。手順は世界全体の予測とおおむね同様です。
例えば日本経済の予測なら、日本の市場環境・経済環境を踏まえて今後どの程度の成長が見込めるかを予測し、また日本の経済イベントが与える経済に対する影響を考えます。
日本で経済イベントとみなされる出来事を一例挙げると、例えば選挙・首相交代などの政治イベント、日本の中央銀行である日本銀行の金融政策の変更、オリンピックなどの大規模なイベントなどがあります。
以上の予測を踏まえて、経済環境が順調なときはリスクの高い投資で収益の拡大を狙い、不調になりそうなときはリスクを削減して損失の抑制を目指すのです。また、グローバルに投資を行うなら、経済が好調であると予測される国・地域に重点投資します。
2020年に注目された経済イベントと投資活動
それでは2020年の経済イベントを例にして、機関投資家の間でどのような分析が行われたのか見てみましょう。
新型コロナウイルス
新型コロナウイルスは、2008年のリーマンショック以降で最も経済や世界中の株価に大きな影響を与えた経済イベントでした。このイベントにかかる機関投資家の見方や、投資への影響を紹介していきます。
経済に大きなマイナスの影響と格差の拡大
新型コロナウイルスが世界経済に大きな打撃をもたらすことは2020年の早期から想定されていました。実際に4-6月期の主要国のGDP成長率は前年比-9.1%に達するなど深刻なものになりました。余談ですが、これは当時100年に1度の経済危機ともいわれたリーマンショックの最悪期の落ち込みの3.5倍の落ち込み幅です。
さまざまな感染対策やのちほど紹介する各国の経済対策が効果を発揮することで、経済は2020年下半期ごろから徐々に回復しました。ただし経済回復には時間がかかり、2021年に入った現在でも主要国の多くはまだ回復の途上であると見られています。新型コロナウイルスが広がる前の経済規模に戻るのは2021年〜2022年ごろと見込まれています。
また、予想通りにならないリスクの高さを「不確実性」と表現しますが、新型コロナウイルスは「不確実性が高い」イベントとしばしばいわれます。ウイルスの感染拡大の度合い、ワクチンの実効性や普及ペース、各国のウイルス対策内容や、人々の生活変化など、これまでの経済危機と比較して変動要因が多く、またそれぞれがこれまで経験したことのない未知の変動要因だからです。
そのほか、新型コロナウイルスの感染が深刻な地域、収束が早い地域で経済格差が生まれる、ということは2020年の早期から見込まれていました。例えば欧米は感染者数が現在まで大きく増加傾向にありますが、中国は早くから新型コロナウイルスが広がったものの人口比での感染が少ない状況です。当然ながら感染の少ない地域は経済回復が早いと見込まれています。
企業業種の格差が広がりやすいとの見方もありました。例えば渡航禁止措置が各国でとられたことにより、レジャーや航空セクターなどはとりわけ深刻なダメージを受けると見込まれていました。一方で、医薬品や医療機器などヘルスケア関連の企業は相対的に影響が軽微であると予想されました。
株式市場の急落とその後の急速な回復の背景
アメリカの株価指数であるS&P500で-30%以上など、世界で株価が大幅に下落したことは記憶に新しいでしょう。一方、コロナ禍では、その下落幅だけでなく、その後の回復が力強いことも特徴です。アメリカや日本などいくつかの株式市場では、2020年のうちに急落前の株価を回復しています。この値動きの背景に関する機関投資家の一般的な見方を紹介します。
株価の下落について:
- 新型コロナウイルスによる感染者・死者の規模感がわからない不安
- 各国の外出禁止・渡航禁止などの感染抑制策による経済の停滞
- 不安・ウイルスの危険性を理由に現金確保を進める投資家が急増したこと
以上のような要素により、下落が加速したと見られています。
3点目について少し補足します。新型コロナウイルスの感染拡大が進んだ2020年2-3月は、世界中の投資家が経済の先行きを不安視していました。今後の経済がどこまでで落ち込むかわからなかったため、投資家の間では保有していた株などの資産を売却して現金を確保し、損失を回避する動きが進みました。この動きが世界中で起こったことで、下落幅のさらなる拡大が引き起こされたのです。
さて、2020年3月までに株価は大幅に下落しましたが、その後、株価は急回復することになります。コロナ禍にあり経済回復はまだ途上なのに、株価が2020年内にコロナ前の水準を取り戻した国もありました。この相場回復の背景は以下のような要素にあったと見られています。
- 最悪期からの経済回復の進捗を織り込んだ
- ワクチンが普及して新型コロナウイルスの収束が実現するという期待
- 世界中の金融政策・財政政策の効果
特に、2020年内にコロナ前の水準を取り戻すほどのスピーディーな回復の原動力となったのは、3点目の政策の変化です。
金融政策とは「世の中に出回るお金を増やして、機関投資家の投資や企業への貸し出しを促進する」ものです。新型コロナウイルスが深刻化した3月以降、アメリカがゼロ金利政策をとるなど、世界各国でさまざまな金融政策が打たれました。これによりコロナに対する不安が減少、人々が資産売却して現金を確保する状況が緩和し、投資が再開されたために株価は回復しました。
また、財政政策とは政府が新型コロナウイルスによる経済への悪影響を、国の予算を使って緩和する政策を指します。手法は各国さまざまですが、シンプルな例としては、アメリカなどで実行された失業者への給付拡大や、日本で記憶に新しい10万円の給付金・GoToキャンペーンなどがあります。
こうした政策が大きな効果をもたらしたことで、大きく下落した資産価格はその後短期間のうちに回復したわけです。
以上が機関投資家の2020年の新型コロナウイルスに伴う一般的な経済変化の見方です。
アメリカ大統領選挙
2020年の新型コロナウイルスに次ぐイベントとしては、アメリカ大統領選挙があります。本来アメリカ大統領選挙は、アメリカの政策変化を通じて、世界経済に大きな影響を与える経済イベントと見られています。
4年に1度の大統領選挙が、その年の最大の注目経済イベントとなることも珍しくありません。巷の報道などではトランプ氏の動向や選挙方法などが頻繁に報道されていましたが、実は機関投資家の間での注目度は例年の大統領選挙と比較して決して高くはありませんでした。
これまでのアメリカ大統領選挙ほど、注目度が上がらなかった理由
アメリカの政権はバイデン新大統領が属する民主党とトランプ前大統領が属する共和党の二大政党となっています。
一般的な傾向として、民主党は充実した政策を行う分、増税などにより企業利益や所得が縮小する政策がとられやすく、共和党は政策を最小限にすることで格差を生みやすいが、富裕層や企業は優遇される特徴があります。こうした政策の特徴の差により株価に対しては、民主党がネガティブ、共和党がポジティブといわれることもあります。
しかし今回の大統領選挙では、両政党の差異はこれまでと比較して小さくなると見込まれていました。2020年は新型コロナウイルスに伴う経済回復をサポートすべく、大胆な財政政策が実施されたことは、先に紹介した通りです。
財政政策を積極的に行うのは本来民主党のやり方といわれていますが、新型コロナウイルスによって経済が落ち込んだこの局面では、共和党も財政政策を行って経済回復をサポートすることを検討していたようです。
従って、今回に限っていずれの政党になっても財政政策はしっかりと行われる期待が根強かったため、本来クローズアップされるはずの政党の差異が小さくなり、選挙への注目度が下がったのです。
コロナ下での選挙の影響や訴訟により「決まらないリスク」が意識された
今回の選挙では、選挙結果自体に加えて、コロナ対応によって郵送投票が実施されることや、トランプ前大統領が選挙結果を受け入れないことによる「大統領が決まらないリスク」について注目されていました。
「政党が決まらないこと」は実は経済にネガティブな材料になります。なぜなら、政党が確定しなければ、政策の議論ができないため、経済回復をサポートするための財政政策が進められないからです。
結果的には、経済・株式市場とも影響は軽微でしたが、特に郵送方式の併用など選挙の投票方法の変更は近年でみれば特殊だったため、機関投資家のなかでは注目度は高いトピックでした。
「トリプルブルー」達成で財政政策への期待が高まる
一般的にはアメリカでの選挙イベントは「大統領選挙」と考えられがちですが、実際は同時に上院・下院の議会選挙が実施されています。今回の選挙では大統領の確定と同時に、上院・下院がそれぞれどちらの政党が多数派を取るかが注目を浴びていました。
上院と下院で多数派政党が異なる場合は、法律が通りにくくなるため、やはり財政政策に関する法案の議論が難航するリスクがあります。結果的に一部州での決選投票により時間がかかりましたが、今年1月に入って上院・下院の多数派と大統領が全て民主党となったことが、投資家には好意的に受け止められました。民主党のイメージが青であることから、上院・下院の多数派と大統領がすべて民主党になったこの状況は「トリプルブルー」とよばれています。
以上が大統領選挙にまつわる機関投資家の一般的な見方です。
ここで紹介した新型コロナウイルスもアメリカ大統領選挙の結果も今年、2021年の経済に大きな影響を及ぼすトピックであると予想されています。続いては2021年の経済を機関投資家がどのように考えているのかを紹介します。
2021年の経済についてどのような予測を立てているか
続いては、今年2021年の経済についてどのような予測が立てられているか、機関投資家の一般的な見方を紹介します。
経済回復は地域によってばらつきつつも世界全体としては順調
前提として、2021年は基本的に2020年半ばから進む新型コロナウイルス後の経済回復が一段と進捗すると期待されています。
2021年1月時点でも日本が緊急事態宣言下にあるように、感染再拡大は定期的に起こるものの、2020年前半のような大幅な経済の落ち込みは起こらず、経済回復が継続すると見込まれています。
要因1. 政策対応
経済回復を後押しする要因の一つは、2020年の注目トピックであった政策対応です。
アメリカでは中央銀行に当たるFRB(連邦準備銀行)が、現状2022年以降までゼロ金利など、世の中に出回るお金を増やす政策を継続するという見込みを示しています。
また、先に紹介したトリプルブルーの達成により、民主党は財政政策をスムーズに可決させることができるようになったため、財政政策による経済回復の後押しにも一層期待が高まっています。
アメリカだけでなく世界中の政府が、金融政策・財政政策によって経済回復をサポートしていくと考えられています。
要因2. ワクチン普及への期待
そしてもう一つは、ワクチンの普及に対する期待です。いまのところ新型コロナウイルスが感染拡大・収縮が定期的に続いていますが、ワクチンが本格的に出回れば「新型コロナウイルスの感染リスクが飛躍的に下がる」と期待されています。
ワクチンはすでに一部の国で医療関係者などに使用されておりますが、2021年内には主要先進国では普及が進むと期待されています。アメリカではいまだに多数の感染者が出ていますが、ワクチンが解決策となると期待されているため、感染拡大が株価の下落要因とはなりにくくなってきています。
経済回復は地域差を伴うことも想定
予測値にはばらつきがありますが、主要国・地域で最も目覚ましい回復が期待されているのは中国です。
中国は早期から経済活動の正常化を進めていました。多くの主要先進国がマイナス成長となるなかで、中国は2020年の1年間の経済成長率がGDPベースでプラスを確保すると予想されています。その勢いを引き継ぐ形で、2021年も好調な経済環境が続くと見込まれています。
次いで順調に回復が見込まれるのはアメリカです。一時は経済回復に数年かかると予想されていましたが、現在の予測では2021年内にコロナ前の経済規模付近まで回復する可能性もあると見られています。
一方、欧州については一定程度の経済回復は進みますが、これらの国には回復ペースは及ばず、ほかの地域よりやや出遅れると見られています。日本についても欧州同様に、一定の経済回復は示すものの、2021年内にはコロナ前の水準には戻らない可能性が高いと見られています。
経済の回復に合わせて株価上昇も期待
経済回復が先の通り順調に進むと期待されていることから、株価についても基本的にはまだ上昇が期待できるとの見方が多数派のようです。
新型コロナウイルスの感染が再拡大するタイミングなどでは調整局面はありつつも、2020年のような本格的な下落は引き起こさず、財政政策やワクチンが経済回復を支えるなかで、企業の業績が回復し株価の上昇が進むと見られています。
特にワクチンの普及が大きく進む2021年前半については、強気に考えている機関投資家が多いようです。
早い上昇ペースに対し慎重な見方も
一方で、2020年の後半のような急速な上昇は見込みづらいとの考え方を持っている投資家もいるようです。先に紹介した通り、株価は、経済回復を先取りする形で2020年のうちにコロナによる下落分をすでに取り戻してしまっています。
単に「想定通り経済が回復する」だけでは、株価が大きく上昇するには物足りないのではないかという見方もあるのです。
地域別で見ても経済の回復予想に沿った見方がされており、特に経済回復が力強い中国やその周辺のアジア株が有望であると考えられています。アメリカについても、一部慎重論はあるものの、まだ上昇余地があるとの見方が多数派です。
なお、欧州は経済回復では出遅れるとの予想がされていましたが、欧州はユーロストックス50など、一部の株価指数はまだコロナ前の水準を回復していないので、株価の上昇余地はあると見込まれています。ほかの市場を後追いする形で、株価回復は徐々に進んでいくと期待されています。
まとめ
世の中の機関投資家の多くは、経済の現状分析と今後の予測を立てたうえで、それを投資に役立てています。個人投資家では実現できないほど多大な労力をかけて高度な予測を行っています。2021年はワクチンの普及や、さまざまな政策によって、力強い経済回復が進む見通しです。株価も一部慎重論は見られるものの、全体的には順調との見方でした。
投資を行っている方は、今後の経済を考えるうえで、こうした見通しに関する情報をチェックして投資先を考えるのもよいでしょう。
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