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公開日: 2021.12.21

『現代アート投資の教科書』に学ぶ、アート購入の“いろは”

『現代アート投資の教科書』に学ぶ、アート購入の“いろは”

『知識ゼロからはじめる 現代アート投資の教科書』が、2021年9月17日にイースト・プレスより刊行されました。著者は現代アートの販売を行っている、株式会社タグボート代表の徳光健治氏。そこで今回は、本書に記述されているポイントをピックアップするとともに、今のアート業界で起こっている全体の動きとトレンドを俯瞰して見ていきます。

アート鑑賞を投資に変えるには

ここ数年、多くのメディアで「アート購入」について取り上げられるようになり、それに付随するサービスも増えています。ただそのような中で、「現代アートに興味はあるけれど、何から始めたらいいのかわからない」という方も多いのではないでしょうか?

本書は、1限目から5限目(1章から5章)で構成されており、それぞれの項目ごとに重要なポイントを挙げています。中でも、とりわけアートビギナーにとって、アート購入に関わるポイントとしてチェックしておきたいのが、1限目の内容。そこで本稿では1限目の内容に的を絞って、ポイントを解説していきます。

アートを楽しむ、もう一つの方法

1限目では「アート鑑賞を投資に変える」というテーマで、アートを楽しむための方法として鑑賞だけではなく投資という方法があることが述べられています。またアートを投資対象として考えた場合、どのような点に注目して始めたら良いのか?といったポイントについて、アートを購入する際の基本となるポイントを網羅しつつ、わかりやすく解説しています。

そのため、アートが好きで購入には興味があってもどこから始めて良いのかわからない…と考え、一歩踏みとどまっている方にとっては、ぜひ目を通しておきたいところです。1限目に記載された項目を読み込むだけでも、十分に価値ある内容となっています。

アートに触れることで、人生にもたらされる価値とは何か?

本章の前段では、素晴らしい作品に出会い触れることの価値についても言及されています。アートに触れることで人間の根源的な創作意欲を感じることができる機会を与えてもらえるばかりでなく、作家の世界観を見つめることで、ビジネスや社会を超えた創作の目的を垣間見ることができることなど、アートが持つ価値や人生の可能性を広げ、豊かな彩りと奥ゆきを与えてくれる魅力について触れられています。

その中で、2008年に公開されて話題となった、アートコレクターのドキュメンタリー映画『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』を紹介してます。アートの購入は富裕層のものというイメージがあるかもしれませんが、そうではなく(特に昨今の流れにおいて)一般の人々にも可能性があることについて触れています。アート投資の入門書でありながらも、アートを購入する際には、純粋に自分の心に響くものーー「この作品が欲しい!」という強い衝動が大切であることを示唆している点も、本書の重要なポイントです。

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アートの本質は「残すこと」。それゆえに、トレンドには左右されにくい

続いて注目したいのが、音楽、演劇、映画などの文化がフロー型(目の前を流れていくもの)であることに対して、アート作品がストック型(資産として蓄積されるもの)のエンターテインメントであると、位置づけられている点です。また、それはとりわけ不況期においてはより顕著であり、この時期は、本質的な価値が蓄積(ストック)されていく文化が醸成されていく傾向にあるのだそう。

アートは文化を収集・保存し、時間の経過とともにその価値を高めていくという観点から、その時々のトレンドによって消費されるものとは大きく異なります。

例えば一般商品の場合、その時々の利便性や有用性のために創られていることが大半であり、新しく便利なものが出てくれば、いずれは買い替える必要が出てくるからです。しかしアートの場合は違います。もちろん作品にはその時々の時代性は反映されるものの、そもそもの前提が「残すこと」、そしてそれを「継承する」ことを目的に創られているため、多くのアーティストは創作において、時を超えても価値が感じられる”普遍性”を追求していくことになります。

さらに、アートが文化やエンターテイメント、あるいは現代の資本主義における消費文化の中において、どのような位置づけにあるのか?ということが、あらゆる角度から考察されている点も興味深いです。またそれとともに、アートの本質は、残し、後世へと継承することにあることから、時代の流行や一過性のトレンドに左右されにくいということが、自ずと見えてくるでしょう。

アートをコレクションするメリットとは?

本章では、アートをコレクションするメリットとして、著者は以下の点を挙げています。

  • 部屋に飾ることで精神的な豊かさと安心感をもたらす
  • 資産としての価値が上がることで収益をもたらす
  • アーティストを支えることができる
  • アーティストやコレクター仲間など、アートを通じた交流や出会いがある
  • 美術館への作品寄贈や貸し出しを通じて、文化の醸成に役立つ

また著者曰く、アートコレクションには上記のようなメリットが多くある一方で、デメリットはあまり見当たらない、といいます。

それはなぜなのでしょうか?

アートを購入することは、良い作品を見極めることができれば将来的な資産価値をもたらしてくれる可能性があるばかりでなく、自分の感性と教養を磨き人生を豊かにしてくれる源泉となり得るからです。

それらの要素に加えてさらに、「気に入ったアートを集めるということは、与えることにもつながる」といいます。

その理由は、購入したアートの金額の何割がアーティスト本人に渡るため、好きなアートを楽しみながら将来性のあるアーティストを支え、その活動を継続的に応援していくことにつながるという側面があるからなのでしょう。

その国の文化を保存し、後世へと継承していくためには、素晴らしいモノや人を育てていくための優れた「しくみ」や「システム」の構築が重要であることは言うまでもありません。それゆえに、まずは将来性のあるアーティストを発掘し積極的にサポートしていくことは、文化の保存・醸成という観点においても、社会貢献につながる行為となり得ます。

また、アートを購入するという行動を起こすことによって、素晴らしいアーティストとのつながりもできます。これはどんなサービスであっても、人であっても同様でしょう。購入することが「関係性をつくる」ことの最初のきっかけになるとしたら、購入することによってもたらされる新たな人間関係やつながりは、自分の人生にとってもかけがえのない財産となるのではないでしょうか。通常であれば忘れてしまいがちな視点ですが、本書を読むことでその価値が見えてきます。

続く「投資としてのアートの可能性」では、安全性、収益性、流動性という3つの点から、アートの特徴を他の金融商品と比較しています。前述の通り、本書には「アート購入にはデメリットはあまり見当たらない」という記述があるが、実際にはどうでしょうか?

ただ、知識ゼロからアート投資を始める場合、安全性、収益性、流動性という3つのポイントは、最低限押さえておきたいところ。始める前に「この点さえ押さえておけば」というポイントがクリアになることで、購入の際の一つの指針ができるだけでなく、迷った時にこの基本に立ち戻ることができるからです。

またこちらでは、3つのポイントに加えて「アート投資と投機は違う」と明示されている点にも注目します。

以前、下記の記事でも紹介したように、アート投資は一般的に出回っている他の金融商品とは性質が異なり、長期投資の発想が基本となります。

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また、中には『アート投資の基本は短期的にリターンを求める投機的なものとは異なり、アーティストという「人」へ投資する面白みがある』という一文がありますが、この点も非常に興味深いです。これは先の話にも繋がってくる部分ですが、短期的に消費されるモノや商品ではなく、本当に良いものを生み出す源泉、長いスパンで考えて付加価値を生み出すモトとなる「人」に投資することこそが、他の金融商品とは異なる、アートならではの魅力と言えるからです。

また著者は、アーティストが成長を見守りながら、どれだけ多くの人の共感をえる作品を創ることができるのかを考えるのがアート投資の真骨頂、とも話しています。

現代は、クラウドファンディングを始め、個々が本当に良いと思った人、モノ、コトに人々が共感し、お金を払うという消費傾向の流れが一気に加速しています。従来のように企業が一方的に売りたいものを売るために大々的なマーケティングやプロモーションを行っていた時代から大きくシフトし、いち消費者が本当に良いと思ったものやその背景にあるストーリーに共感し、それを積極的に応援する(=投資する)という流れも顕著です。

このような時代背景を踏まえてみても、自分が良いと思ったアーティストの作品を購入し、その資金でサポートして活動を支えていくことは、長い目線で見ても大きな意義があるに違いありません。さらに今は、お金を稼ぐこと以上にその先の部分、「稼いだお金をどのように使うのか?」という点に価値が置かれ、世の中的にもそこに共感が集まりやすい流れもあります。そうした中で、アート購入という新たな体験を通じて改めて自分の「お金の使い方」に思いを巡らせてみるのも、きっと良い機会となるでしょう。

資産としてのアート購入のために重要なのは、やはり「情報」

資産としてアート購入を始める場合、重要なのは情報です。

その具体例の一つとして、ギャラリーでの売れ行き情報やオークションハウスでの値上がりといった生の情報を元に作品を購入する30代の若手経営者たちが、最近の日本で増えてきている現象について触れています。(この動きは日本のみならず、近隣のアジア諸国でも顕著です)

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今は以前に増して、インターネットで瞬時に速報などの情報を得やすくなったため、とくに若い層にとっては購入のハードルが低くなっていることは確かです。

また、もう一つの視点としては「良い作品を見極める」ということがありますが、これは実際にはなかなか難しいでしょう。もちろん、ある作品を目の前にした時に衝撃を受け、「この作品は素晴らしい!」と感性に響いて購入するというのも、アートとの出会い方としては、またとない喜びとなるでしょう。

しかし、そうした出会い方ではない場合、やはり逸品に出会うためには、まずは「とにかく良い作品をたくさん見ること」から始めなければいけません。

とはいえ、今すぐ始めたいという方にとっては、それなりの時間も要するため、時間効率という点からも何かと課題は多い…。

そこで重要なのは、プロの力を借りるということです。これは本書にも「時間がないのであればプロに作品を観てもらって、そのアドバイスに従って買う人もいる」とあります。「アートを購入する」という概念は、ここ数年の流れもあってハードルは低くなりつつあります。しかし、そうした中でもわかりやすい指針を求めるという方は、経験値のある目利きのプロに相談するというのは手っ取り早く、かつ確実な方法かもしれません。

またこれらの他にも、「世の中の全体的なトレンドを知る」ということも重要な点として挙げられています。これは例えば今でいうと、新しいテクノロジーを活用したアートや、大衆文化がアートに昇華した事例などが挙げられています。

前者でいえば、「アート×テクノロジー」の文脈で業界へのインパクトをもたらしたチームラボをはじめ、タクラムやライゾマティクスが手がけた刺激的なプロジェクトが、頭に浮かぶのではないでしょうか。

テクノロジーという点では、これらに加えて今話題の「真贋判定」についても忘れてはいけません。以前より課題とされてきた、芸術の真贋については、今やテクノロジーの進歩を受けて日を追うごとに進化しています。本書では、将来的には作家のDNA判定の技術で作品を鑑定したり、個人認識ができるICチップを作品の中に入れるといった未来予測もあるので、こちらも合わせてぜひチェックしてください。

IT、テクノロジーというキーワードが必須となっている今、それらと連動する動きは他業種と同様、アートの領域でも加速しています。そのため、IT、テックなどの視点からもアートの動きをチェックすることは、情報リテラシーの観点からも重要でしょう。

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「アート投資」の他にも、今の業界の最先端の動きがわかる情報が満載!

本書はこの他にも、4時限目では「ネットを駆使してアートを買う」という、今のアート購入の最前線についても触れられています。インターネットがすでに当たり前の世界となった現在、アート購入のあり方にもまた大きな変化が生まれています。従来のアナログから急速にオンラインの方法へとシフトしつつある現状とその背景についての記述もあるので、こちらもぜひチェックしてください。

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従来は、一般的ではなかった「ネットでアートを購入する」という行為。しかし、ここ数年はギャラリーをはじめアートの販売機関がネットを通じて情報を即時公開ができるようになった動きが、流れを加速させる要因となっているといいます。そしてこのことは同時に、購入者側にとっても実はメリットが多いことなのです。なぜなら、これまで非公開であった内容や、専門雑誌などの情報誌の中でしか扱われなかった情報が、インターネットを通じて格段に入手しやすくなったからです。やはり「情報はスピードが命」。こうした流れを受けて、今後ますますアートのオンライン購入が加速することは間違いないでしょう。

また、5時限目の「アートの未来を想像する」では、アートの民主化と大衆化が始まっていることについて言及しています。本章では終盤に向かって、アートの民主化が「アートとエンタメが融合する時代」へ繋がることを予見させるような展開もあり、自らも新しい歴史の1ページをめくるようで、読んでいてワクワクさせられます。

全体を通しては、アートの世界にIT、テクノロジー(テック)が導入されたことで、購入のあり方、鑑賞のあり方、さらにはアートから得られる新たな体験まで、従来の業界の常識が覆されるような革新的な動きが、あらゆる領域に及んでいることがよく見えてきます。

まさに今、私たちは「アート新時代」の過渡期に生きている、といっても過言ではないでしょう。そしてその変化の渦中に生きる中で、鑑賞者としてその動向をじっと見守るだけでなく、自らも参加者となってワクワクするような体験をしてみたい。そんな風に思わせてくれる一冊です。

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