相続放棄で知っておきたい重要なポイント。遺産の放置はできない?
民法では、相続財産の一切を引き継がない「相続放棄」が認められています。では相続人全員が相続を放棄した場合、遺産は誰がどのように管理するのでしょうか?「限定承認」との違いや、相続手続きを行ううえでのポイントを解説します。
相続放棄とは
相続人は「被相続人の財産を引き継ぐか否か」が自分で選択できます。相続放棄を選択すれば、最初から「相続人ではないもの」として扱われるのです。相続放棄の定義や撤回の可否について確認しましょう。
相続放棄は遺産を一切相続しないこと
「相続放棄」とは、被相続人(亡くなった人)の財産を一切継承しないことです。すべての相続人は「自己のために相続の開始があったことを知った時」に、相続の承認または放棄の意思表示をする必要があります(民法915条)。
このとき放棄をした者は、最初から「相続人とならなかったもの」とみなされます(民法939条)。借金や保証債務などのマイナスの財産はもちろん、プラスの財産も引き継がれません。
相続の放棄に際し、家庭裁判所に「相続放棄申述書」を提出するのが原則です。大まかな手順は以下の通りです。
- 財産調査をする
- 相続放棄申述書を家庭裁判所に提出する
- 家裁から届く「照会書」に回答をして返送する
- 家裁から受理通知書が郵送される
相続人は、相続の承認または放棄をする前に「相続財産の調査」を行えます。滞りなく調査を進め、期限内に申述書を提出しましょう。
相続放棄の撤回はできる?
相続放棄申述書が裁判所に受理されると、相続放棄が成立します。一度受理された相続放棄は、撤回ができないと考えましょう。
ただし、民法919条には「第一編(総則)及び前編(親族)の規定により相続の承認または放棄の取消しをすることを妨げない」との記載があり、取り消し事由に当てはまれば、取り消しが認められるケースもあるようです。
例えば、詐欺や強迫によって放棄をさせられた場合や、未成年が法定代理人の同意を得ない場合などは、取り消しが認められる可能性が高いでしょう。取り消しを希望する場合は、その旨を家庭裁判所に申述します。
相続放棄をしても受け取れるお金
被相続人が生命保険に加入していた場合、相続放棄をしても生命保険金を受け取れるケースがあります。
被保険者(契約者)が夫、死亡保険金の受取人が妻である場合を例に挙げましょう。夫の保険金は、受取人である「妻の財産」です。夫が亡くなり、その妻が相続放棄をした場合でも、妻は保険金を受け取れます。
一方で、受取人が夫である場合、保険金は「夫の財産」です。妻が相続放棄をすれば、保険金は受け取れません。生命保険金の相続でもめないためにも、生前から「保険金の受取人を誰にするか」をしっかりと話し合っておくことが重要です。
限定承認を選択することも可能
「債務がどの程度あるかわからない」「不動産や土地を残したい」というケースでは、「限定承認」を選択するのが賢明でしょう。
限定承認とは、相続財産からマイナスの財産を清算する方法です。借金や未払金があれば相続財産で弁済を行い、プラスの財産が残れば相続人がそれを引き継ぎます。
相続放棄をすれば一切の財産が引き継げなくなりますが、限定承認では「相続人が相続した財産以上の負債を背負うリスクがない」「プラスの財産を引き継げる」というメリットを享受できるのです。
ただし、限定承認は相続人全員が共同で行わなければならず、誰かが拒否をすれば手続きは進められません(民法923条)。必要書類が多く、手続きに時間がかかる点にも注意が必要です。
相続放棄をする目的とは
相続放棄をする目的は人によってさまざまですが、多くの人は「多額の債務を引き継ぎたくない」「無駄な相続争いを避けたい」などの理由です。相続をするべきか迷ったときは、相続で得られるメリット・デメリットを比較してみましょう。
相続放棄をして債務などのリスクを避ける
相続財産は必ずしもプラスの財産だけとは限りません。相続放棄をすると、「マイナスの財産」を引き継ぐリスクを回避できます。以下はマイナス財産の一例です。
- 借入金(住宅ローン・自動車ローンなど)
- 未払金(賃貸料・光熱費など)
- 公租公課(所得税・固定資産税など)
- 買掛金・前受金(被相続人が事業主である場合)
- 連帯保証
被相続人が訴訟の被告人である場合、相続人が訴訟上の地位を受継する可能性があります。訴訟の結果によっては、多額の支払い義務が生じてしまうでしょう。債務や義務を肩代わりしたくない際に、放棄を選ぶケースが多いようです。
なお、限定承認でもマイナス財産の相続を防げるため、どちらを選択するのが最善か相続人全員で話し合いましょう。
相続放棄をして面倒な手続きや争いに関わらない
面倒な相続手続きや相続人同士での争いを避けるために、相続放棄を選択する人もいます。
相続をするには、相続人同士で遺産分割協議を行い、財産の分割方法について話し合うのが原則です。協議で合意が得られない場合、家庭裁判所による遺産分割調停を申し立てる必要があり、相続争いが泥沼化する恐れがあります。
相続にあたり、遺産調査・遺産分割協議書の作成・名義変更の手続き・相続税の申告などの手続きを経なければならず、多くの時間や労力が費やされるでしょう。
相続を放棄すれば、初めから「相続人ではないもの」として扱われるため、手続きや相続争いに関与せずに済みます。
相続放棄をするとどうなる?
相続放棄をした場合、誰がどのように財産を引き継ぐのでしょうか。相続には優先順位があり、先順位から後順位の相続人に引き継がれるのがルールです。「全員が相続放棄をしたケース」についても解説します。
相続放棄をすると後順位の相続人が相続する
民法で定められた相続人は「法定相続人」とよばれます。法定相続人になれるのは「配偶者」と「一部の血族」です。配偶者はほかにどの血族がいても必ず相続人となり、血族は順位が高い人が優先されます。
- 第1順位:被相続人の子及び代襲相続人(孫・ひ孫)
- 第2順位:被相続人の直系尊属(父母や祖父母など)
- 第3順位:被相続人の兄弟姉妹及び代襲相続人
例えば、第1順位の相続人である「子」が相続放棄をした場合は第2順位へ、第2順位が放棄をした場合は第3順位へといったように、後順位の相続人が相続をする決まりです。
法定相続人である子が死亡している場合は、代襲相続人である「孫」が相続します。ただし、子が相続放棄をした場合は「相続人の孫への相続もない」と考えましょう。
全員が相続放棄をした場合
民法940条(相続の放棄をした者による管理)には、相続放棄をした相続人に「財産の管理義務があること」が明記されています。
法定相続人全員が放棄する場合は、「相続財産管理人」を立てたうえで、その財産を適切に管理しなければなりません。相続財産管理人とは、相続放棄をした相続人に代わって「財産の管理・清算」を行う人です。
具体的には、家庭裁判所に相続財産管理人選任の申し立てを行い、相続財産管理人を選任してもらいます。
借金がある場合は、相続財産管理人が債権者への支払い手続きを行い、プラスの財産は、「国庫(国の資金)」に引き継ぎます。財産がなくなった時点で清算手続きは完了です。
相続放棄ができないケース
相続で「単純承認」が成立すると、相続放棄ができなくなります。単純承認はいつ・どのような場面で成立するのでしょうか?代表的な二つのケースを紹介します。
遺産を使ってしまった
相続人が個人の遺産を使い込んだ、または勝手に処分をした場合は「財産を相続したもの」とみなされます。相続放棄は「一切の財産を引き継がない」という意味です。「少しだけだから」といって財産に手を付けると、放棄が不可能になってしまいます。
同様に「被相続人宛ての請求書を支払う」「財産である建物を取り壊す」「不動産を売却する」などの行為にも注意が必要でしょう。
葬儀費用を被相続人の財産から支出するのは単純承認にはあたらないといわれていますが、費用が不相当に高額な場合、単純承認が成立する可能性があります。
相続放棄手続きの期限を過ぎた
相続放棄の手続きができるのは、「自己のために相続の開始があったことを知った日から3カ月以内」です。
「相続の開始があったことを知った日」とは、「死亡を知った日」と考えるのが一般的です。期間内に家庭裁判所に相続放棄の申し立てをしなければ、相続放棄は認められません。
ただし「財産の全容を知るのに時間がかかっている」など、やむを得ない事情で期限内に手続きができない場合、裁判所に申し立てを行えば、期間の延長が可能なケースがあります。
また過去には「被相続人には相続財産がまったくない」と信じ、期限内に相続放棄をしなかったケースにおいて、最高裁に相続放棄が認められた判例があります。この場合、「相続財産がまったく存在しないと信じる相当な理由」があったからこそ、相続放棄が認められたといえるでしょう。
「忙しくて通知を見ていなかった」「手続きをする時間がなかった」「法律を知らなかった」などの理由は通用しないと考えられます。
参考:裁判例結果詳細 | 裁判所 - Courts in Japan
相続放棄の流れ
相続放棄をする際は、裁判所に「相続放棄の申し立て」を行います。親族に対して「自分は相続を放棄する」と伝えるだけでは、相続の放棄をしたことにはなりません。手続きの方法と必要書類を確認しておきましょう。
家庭裁判所で手続き
相続放棄の申立先は、「被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所」です。最後の住所地がわからない場合は「住民票」を取得して確かめましょう。
申し立ての期限は、相続放棄は相続の開始があったことを知った時から3カ月以内ですが、財産調査に時間がかかりそうな場合は、あらかじめ「期限の延長」をするのが賢明かもしれません。
手続きは「相続が発生したあと」にのみ行えます。前もって相続を放棄する旨の誓約書を作成していても、法的効力は生じないと考えましょう。
提出する書類と費用
提出書類は、被相続人との関係性によって異なります。以下は、「申述人が被相続人の配偶者の場合」に必要な書類と費用です。裁判所ごとに書類が異なるケースがあるため、必ず事前に確認しましょう。
- 相続放棄申述書
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票:300円前後
- 申述人の戸籍謄本:450円前後
- 被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本:750円前後
- 申述書に添付する印紙代:800円
- 連絡用の郵便切手:500円前後(※裁判所ごとに異なる)
最低限の費用は上記の通りです。相続人1人あたりの費用は3,000円~と見ておきましょう。「相続放棄申述書」の書式は、裁判所のホームページからダウンロードできます。
申述書と必要書類を提出すると、後日「照会書」が送付されます。回答を記入したうえで裁判所に返送しましょう。問題なく受理された場合は「相続放棄申述受理通知書」が届きます。
必要に応じて相続放棄申述受理証明書を取得
「相続放棄申述受理証明書」とは、相続放棄の申述書が受理されたことを証明する書類です。
被相続人に借金があった場合、債権者に対して相続放棄申述受理証明書を提出すれば、「借金の取り立て」をされる心配がなくなります。管轄する家庭裁判所で交付申請を行いましょう。
また債権者は「利害関係人」として、証明書の交付申請が可能です。債権者に証明書の提出を求められた際は、相続放棄申述受理通知書の「事件番号」と「受理年月日」を伝え、債権者自身に証明書を取得してもらう手もあります。
なお、原本の相続放棄申述受理通知書は再発行ができません。くれぐれも他人に渡したり、なくしたりしないようにしましょう。
相続放棄はよく検討し、期限内に手続きを
相続放棄をすると、一切の権利義務が引き継げなくなります。借金や連帯保証などのマイナスの財産が多いときは相続放棄が有利ですが、「財産の全容がわからない」というケースも珍しくありません。
「限定承認」の選択肢もあるため、3カ月の申述期間にしっかりと検討しましょう。判断に迷ったときは、弁護士や司法書士に相談する手もあります。
身内が亡くなると何かと慌ただしくなりますが、申述期限だけは厳守しましょう。期限を過ぎると、単純相続が成立してしまいます。
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